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 砂上のエピタフ 
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2012.11.18 (Sun)

【Thema songs】 アナーキー 解説コラム

第一トラック、アナーキーの解説コラムです。
今回は初回ということで、2篇一気に更新します。

【More・・・】

<解説コラム>

 一種の疾走感ある歌を最初に持ってきたいと考えていました。だから、ちょっとロックンロールな『アナーキー』が最初のテーマです。支配主体がいない、無法状態にある、という意味です。でも、『アナーキー』という単語はあまり『アナーキー』な意味では使われず、イデオロギー用語として専ら政府に反抗するという意味で使われがちです。政府を否定しているのに、政府に縛られているのは何だか奇妙な感じがします。

 私は政治とか各利権団体に絡むことはあまり考えないようにしています(どうしてもニュースとかで見てしまったりはするのですが)。なぜかと言えば、考えても幸せな気分にならなければ、財布の中身も増えないし、私を取り巻く状況が改善するわけでもないからです。
 ある面倒見のいいイケメンの先輩が「俺はニュースを見ないようにしている」と言っていたことも印象的でした。なぜかと言えば、暗いことばかり報道していて、気分が沈んでくるからだそうです。その先輩は正義感も強い方でしたし、他人事でも自分の胸でしっかり考えてしまうのだと思います。
 
 そんなこんなで得しませんし、無駄なことに労力を使いたくないので、私は社会のことにはあまり関心を示しません。半端に気を使っても動かす事はできませんし、かといって本気で社会を変えようとするほど意欲的でもないからです。言い方を変えれば、外の社会をそれほど大事に思ってないのです。
 そこに労力やら気を用いず、むしろ自分が大事にしたいものを大事にしていくことも一種の誠意ある生き方と言えるのかな、と考えています。
 ですが、社会に否応なく属する者としてあまり好ましい態度ではありません。また、これは他人事には極力関心を示さないという意味で、自分らに賛同してほしい、関心を示してほしいとする他人達からは、あまり歓迎されない態度であることも確かでしょう。
 さらに言えば、自分の価値観に留まって殻に閉じこもり、心を閉鎖的にしてしまう態度であるとすら言えるのです。無関心で自分たちのことしか考えなければ、心は次第に口下手で不器用になっていって、やがて自分はやせ衰えていくかもしれません。そうすれば、いつか社会に淘汰されてしまう可能性もあるのかもしれません。

 それでも私は私の中に渦巻く何かを大事にしたいと思いますし、どうしても心はその方向に動いてしまうのです。例えそれが生き延びるにはトータルで不利だと分かっていても、私の傾けられる力は限られていて、生き延びる強さの鍛錬と自分の関心事の尊重を両立することは困難なのです。そして自分の好きなものから目を背けて、ただ強くなって生き延びるだけでは無意味とも思ってしまいます。だからアナーキーに突っ張って、自分をかろうじて大事に、そして好きなものへと自分を尖らせて、何かをせめて残そうとするのです。
 
  
Near Song:なし 
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23:09  |  Thema songs  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●おかえりなさい

 こんにちは。お久しぶりです。
 最近は、アッキーさんの決学番外編の完成度がめっちゃ高くて作者冥利に尽きまくっている豆戦士です。

 ふだん歌を聞くとき、歌詞の意味に注意して聴くことなんてほとんどないからなあ……。
 もっと言うと、大半がOPやEDや挿入歌なせいで作品を盛り上げるための構成要素という認識なことがほとんど。
 そんな私が歌詞のみにコメントするとか無理だろうなぁとか思っていましたが、おもいのほか直截的な歌詞だったのと、コラムでめちゃめちゃ詳しく解説を加えてくださっているので、とりあえずコラム読んで自己語りでもしとけばいいのかなw

 なお、歌詞を入力すると半自動で作曲してくれるサービス(http://www.orpheus-music.org/v3/)なんかもあったりしますが……あ、そういう問題じゃないですか。そうですか。


>1.アナーキー

 私は(も?)政治の話はからっきしでねぇ……。
 そういう話は常識とか教養とかの扱いを受けることがままありますし、社会に生きている以上学べば視野が広がって人生が豊かになるものの代表格なのは分かっているんですが。
 限られた時間のなかで何でもかんでも広く深く学んでいけるほど器用で精力的な人間では決してないので、好きなこと・得意なこと・楽なことをやりつつ、そちらで社会貢献していくのが一番社会のためにもなるかな、と。
 (まあ実際は、「社会のため」なんて意識は極めて希薄なのですが)

 なんだかんだでそのへんは詳しいひとに任せておけば滅多に困ったことにはなりませんし、自分ごときが今さら中途半端に勉強したところでなぁ、って具合についずるずると逃げの姿勢をとってしまいます。
 ただでさえ専門バカは良くないという風潮があるというのに……。
 や、でもね、とくに自分のような凡才にとっては、狭い領域で勝ち抜いていくことすらもそう簡単じゃないって話もあってですね?

 とりあえず、このコラムの「ですが、社会に否応なく属する者としてあまり好ましい態度ではありません。」以下の文章がぐさぐさ刺さるので、ここらで次へ。
 まあでも、そんな弱い自分も嫌いじゃない。



>2.星標

 なんだかんだで私は根っこのところで楽天家というか何も考えていないので、生きててリアルに挫折とか絶望とかを痛感した経験がほぼないんだよなあ……。や、おそらく客観的に見れば嫌なことや思い通りにならないことを結構色々と抱えてきてはいるんでしょうけど、その分いいこともいっぱいあるしまあいいか、的な。
 そもそも、アイドルになりたいとかプロ野球選手になりたいとか、自然体のままでは到底無理な狭き門に本気で挑もうと思ったことがないのが主な原因かなぁ。某4コマ小説の言葉を借りるならば平和的敗北主義者。それを幸福ととるか不幸ととるかはさておいて。
 アナーキーのところの、社会(他人)にそれほど興味がない、ってのが良くも悪くも作用しているはず。たぶん。

 この詩作企画と私、根本的に相性悪いんじゃねぇかという説が濃厚ですが、でもこういう心の闇とか人間の弱さとかのテーマ好きなんだw いや、自分にないから創作の中に求めているとかそういう話な可能性も捨て切れないけど!
 いわゆる少年漫画の主人公よりも、ひねくれぼっちでリアリストな主人公のほうがしっくりくるし、憧れます。


 ためしに、適当に思いつくまま、手を止めずに書き連ねてみました。せっかくの詩作の雰囲気が台無しになった気もする!
 というかそもそも私は、こういう自己分析めいたことは(自分はどんな創作物に触れたときになぜ心動かされるのかの探究を除けば)ふだん滅多にやらないひとなので。
 でもこういう文章を読むとむしょうに何か言いたくなってくる不思議。
 あんまりまとまってないのは、ムラボロス先生に任せた!

 なお私は、とくに最近は自作の登場人物の心の中に潜ってみたりしてるせいで、小説と随筆の区別があんまついておらず、てきとーなことぶっこいてるだけの可能性が少なからずありますので注意。


 次回予告:「カレーを作ろう」って何やねんw いやまあなんか自分の人生を熟成させていくことの比喩とかそんな類の何かなんでしょうけど、途中で魔人が出てきて恐竜さんに殴り倒される光景しか浮かばないザウルス。
豆戦士 |  2012年11月24日(土) 22:55 |  URL |  【コメント編集】

●ただいまだお

 お久しぶりでございます。記事の更新がさらっと1ヶ月半ぶりになりました。全部のトラックの仮題が決まったら……と思ったら、こんなに時間が経っていたでござる。まぁ既に11篇書き終えているんですけどね。
 そんなこんなで誰得新企画にコメントいただき、ありがとうございます。この私の自分語りに便乗して、自分もちょっとくすぐられた琴線を吐露する感じ、っていう楽しみ方は割と有効活用な親しみ方だと思います。気軽にコメントしてくれて構わないのです。
 つまり、豆戦士さんはタイアップでしか聞いてないんですねw アルバムとしてでなく、ゲームやらアニメの主題やら挿入としてか、なるほどw 私は割とアルバム通して聴くことも多いので、一応Jpop寄りではあるのか。
 本当はユーミンレベルの曖昧感覚で行くのが、歌詞として適切な距離感・広がり感なのでしょうけど、何度もこういう企画をするわけでもないので、ここでできるだけ語ってしまおうと思って、かなり直截的な歌詞になっています。最近はエンタメは短絡化する傾向がありますし、直截的な歌詞も増えているんですけどね。でも、個人的にはこれとユーミンを足して2で割るくらいの歌詞が丁度いい気がしています。

 ちなみにアッキーさんのコレクターは名作! 全話完結したし、私も後ほどコメントを書きに行くZE!! まだ見てないみんなも読んどけ! 面白いから!

 自動作曲サービスは初めて聞いた! 試しにやってみたのですが、なぜかエラー。とはいえ、そっちをこだわると時間ばかりかかるので、私が直接にはやりません。調教師のお友達がいましたら、声をかけてもらえたら、ここの歌詞の提供は積極的に考えますよー。

○アナーキー

 私は気にしてしまう自分が気に食わなくて、ダメだダメだアナーキーに集中しろ!と警鐘鳴らすことも多かったりします。あとの意見は全面的に同意で、専門家に任せておきたいなぁ。
 政治だけだと分かりにくいですが、この歌詞は世間の話題についてかないことも一応問題にしています。私も例えばテレビやら芸能人の話題はついていける要素が皆無で、綺麗な女優とかまったく区別がつかないレベルです(リアルでも人の顔が覚えれないけど)。そっちで日常生活で支障を感じることが多いかな。創作面でもデメリットは出てきてるかもしれんが、それを感じるほど書く機会を設けられてないという罠。
 まぁどんな過ごし方にもデメリットがありますし、やりたいことから逆算して優先順位を決めればいいかと思います。

○星標

 『感じたことがあったら、できるだけ言葉にしてみてください』、をそれぞれ1時間ずつやったとすれば、人によっレ暗い言葉・明るい言葉の比率が全然違ってくると思います。そこが心の揺れる閾値(センサー)の差であって、例えば私は少年漫画的熱い展開能力バトル最弱VS最強!!でそれなりにしか心が動かなくても、豆戦士さんだと心がバリバリ動くかもしれないように、心の闇についても個人間で全然違ってくると思います。その差に良し悪しもなくて、ただの心の動き方の違いです。楽天家なら楽天家で、誰かの痛みに気づけないかもしれないけど、いらないこと考えて時間を無駄にしなくて済むわけです。悩むことなんて、基本的に悪循環しているだけですしね。
 とはいえ、そこまで分かっていながら、暗いこと考えちゃうよーという嘆きがこの歌詞だったりします。こればっかりは癖のようなものですし、どうにもならない気もしますね。直すのも直すので、逆に自分の身を切り離すようなもので好ましくないですし、それはそれで自分の折り合いをつけていくしかない気がしています。
 自分の枠なりに自分でやってく、っていうのも、とてもプラグマティック(現実的・実用的・堅実)でよろしいと思うのです。

 相性悪いと言っておきながら、きっちりあれこれ言いたくなってコメントしてるとは、どういうことなのだw あれか、こういう感性への憧れってやつなのか、勉強中なのかw いろんな解釈とか個人の思うことを聞きたいので、コメントは誰からも歓迎だお。私が適当に遠まわりしながら、コメントまとめるから心配ないぜー!
 そして、ドSモードでもないのに、ムラボロス呼ばれてるよーww

 豆戦士さんの次回作もいろんな箇所でヒントが無差別投下されてて、かえってまるで分からんが、期待しております。

 RE:PS:この流れで『カレーを作ろう』の雰囲気は誰も想像できないかもしれんw 多分、その予測の仕方だと斜め下をスローでくぐっていくから、多分吹き出すと思います。今日は既に20時に予約投稿しといたので、カレーと牛乳を口に含んで更新ボタンをクリックしてみてください。
村瀬薫 |  2012年11月25日(日) 09:48 |  URL |  【コメント編集】

●ご無沙汰していた間に凄い企画が始まっていた!

この記事を読んでから数日間、考えをまとめていました。
何というか、自分が絶えず抱えていた罪悪感にも似たモヤモヤが、ちょっと晴れたように思います。(もっと早く読んでればよかった!)

私は、政治やら何やらに絡むことを考えずにはいられない人間です。
けれど、それで状況が改善しないというのは、まさしくその通りで、数年前から意図的に“考えない時間”を作っています。世の中のアレコレを置いておいて、自分の娯楽的な時間を大事にすることにしています。
こうでもしないと精神がもたないから仕方ないと、自分に言い訳をしつつ、それは逃避でもあると思っていて、焦燥感に駆られていました。
また、考えずにはいられないということから言動は威勢が良いのですが、自分の言ってることに対して行動が伴ってないということに罪悪感のようなものを感じていました。

しかし、この記事を読んでから、私の考え方に変化が見られました。
ここ数日間の思考過程をイチから書くと脱線の連続になるので、手早く結論を述べますと、自分の好きなものを大事にしていくことは、むしろ社会変革の一環でもあるのだと思えるようになりました。
社会変革で最も重要なことは何かと、あらためて考えたとき、やはり、変わった後の社会が変わる前の社会よりも心地良いものであることだと思います。
となれば、たとえ搾取やら何やらが無くなって、戦争も貧困も無くなったとしても、そこに暮らす人間が楽しみを失っていては本末転倒だと思うのです。
変革だ革命だといっても、今あるもの全てが変わってしまうわけではなく、むしろ変わらないものが圧倒的に多いはずです。そして、そうでなければならないと思います。
悪い部分を変えるのと同時に、今あるものを守ることも、社会変革という枠組みに必要不可欠なもので、こういった執筆活動も、文化を守り、継承していく役割を果たしている・・・・・・というのが、私の導き出した結論です。
だいぶ自己弁護も入っている気もしますが、少なくとも気が楽になったというか、迷いが1つ吹っ切れました。ありがとうございます。
アッキー |  2012年12月06日(木) 03:12 |  URL |  【コメント編集】

●ブログ的には割と風前の灯的輝き

 この詩がアッキーさんのモヤモヤの整理の一助になったようで、ありがたいです。私の詩に共感あるいは心を震わせていただいて、ありがとうございます。

 関連して、私もあれこれ語ります。

 要は適材適所、取捨選択、選択的集中なんですよ。
 私らみたいな権力がなくて、社会適合がそこまで上手くない人たちが、社会を仕組み的に変革しようとしても、結構な無理が生じます。その上で外部に存在感を示すとすれば、それは自分のできる範囲で大事にしたいものを主張・保存することだと思います。

 アッキーさんのブログ活動も、いつもコメントしている面々がいる通り、一つのコミュニティを作っていると言えます。その活動の軌跡はちゃんと残ってますし、それを評価している人だっています。頻繁な更新頻度で存在感を示していて、役割をきちんと果たしていると思うのです。だから、アッキーさんはこの『アナーキー』の歌詞に即して言えば、『君』=『大事にしたいもの』を『錆びた空洞の体しかなくても』(一種の悲壮感さえ伴いながらも)、きちんと育んでいると思うのです。

 今の時代って、良くも悪くも『個人の時代』になりつつあります。社会が先細っていくのが目に見えているから、個人個人の活動を大事にしておかないと(別の場所で意義を見出だしておかないと)、どうにもならないことになるような感じがします。全体的な進歩の時代から、個人個人の進歩に。ネット社会に象徴されるように、個人発信の時代になってきていると思うのですよ。私らにはある程度『書く力』が備わっているわけですから、そういう楽しみ方の文化を広める活動も、これからの『個人の時代』に対する有意義な取り組みであると思います。
村瀬薫 |  2012年12月07日(金) 00:52 |  URL |  【コメント編集】

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